「伝説の新潟2歳S」の記憶 - ハープスターとイスラボニータが刻んだ“飛躍の起点”

ひと昔前、8月の終わりにはどことなく秋の気配が漂い、「去りゆく夏」への名残惜しさがあった。夏競馬も終盤に入り、最終レースが終わる頃には競馬場が夕景に染まる。まもなく始まる阪神・中山の秋競馬を心待ちにしつつ、残り少ない夏のレースを噛みしめるように楽しんでいた記憶がある。

ところが近年は、夏の終わりになっても暑さは衰えない。秋競馬が始まっても真夏日が続き、「去りゆく夏」を惜しむ感覚は、いつしか薄れてしまった。それでも夏競馬の終盤には、毎年楽しみにしているレースがある。

夏競馬は3場の2歳重賞を見ないと終わらない?

夏競馬の終盤といえば、ローカル3場で行われる2歳重賞が象徴的な存在だ。早期デビュー組の頂上決戦というより、暮れの2歳GⅠ、さらには次年度のクラシック戦線へ向けた重要なステップレースとしての役割が強まりつつある。

新潟で施行される「新潟2歳S」。1981年に重賞へ格付けされた初代優勝馬ビクトリアクラウンは、翌年のエリザベス女王杯(当時は3歳牝馬三冠の最終戦)を制覇している。単なる早熟馬決定戦ではなく、以降も翌年のクラシックを賑わす馬を数多く送り出してきた。施行当初は芝1200mだったが、その後芝1400mとなり、2002年から芝1600mに固定され現在の形となった。マイル戦となって以降も、日本ダービーやオークスを目指す名馬たちの登竜門となってきた。

歴代の新潟2歳Sを振り返ると、永遠に語り継ぎたい「伝説の一戦」がある。2013年の新潟2歳Sは、レースそのものもインパクトある一戦だったが、この時の1着馬と2着馬が、翌年のクラッシック戦線の主役となった。優勝したのはハープスター、2着にイスラボニータ。翌年、それぞれが桜花賞と皐月賞という牡牝クラシックの一冠を制し、このレースを飛躍の起点として、それぞれ名馬の域へ上り詰めた。

ハープスター - “直線の魔力”を持った牝馬

ハープスターはデビュー当初から、他馬とは異なる“切れ味の質”を持っていた。7月中京の新馬に出走すると、中団の外をゆっくりと追走。直線に入ると馬群を縫って、あっという間に先頭に躍り出ると後続馬を突き放した。やや粗削りなレースぶりも、上がり3F34秒5の脚で抜け出すシーンは大物感たっぷりだった。

さらに、新潟2歳Sで見せた大外一気の末脚は、単なる2歳馬の瞬発力ではなく、観客の呼吸を奪うほどの美しさと迫力を兼ね備えていた。新潟2歳S後、早くも来年のクラシック候補№1となり、満を持して阪神ジュベナイルフィリーズに駒を進めるが、先に抜け出したレッドリヴェールにハナ差届かずの2着。それでも上がり最速33秒6の末脚は、誰もが認めるクラッシック候補№1だった。

3歳初戦のチューリップ賞を快勝し、迎えた桜花賞では、その新潟での走りを再現するかのように、最後方から悠々と差し切り勝ち。直線の長さを味方につける天性のリズムは、クラシックの大舞台でも揺るぎなかった。オークスでは惜しくも2着に敗れたが、札幌記念でゴールドシップを倒し凱旋門賞への挑戦、そしてジャパンCでの堂々たる走りの5着など、常に「絵になる競走馬」としてファンの記憶に刻まれた。

ハープスターの競走生活は、勝敗以上に「末脚の芸術性」が語り継がれる。新潟の長い直線で初めてその才能が開花したことは、夏の新潟競馬の伝説となっている。

イスラボニータ - 芯の強さで頂点へ駆け上がった牡馬

一方のイスラボニータは、ハープスターとは対照的に「完成度の高さ」と「持続力」を武器に成長していった。2013年の新馬戦がスタートした週の日曜。芝1600mの新馬戦に登場したイスラボニータは、スタートで立ち遅れる。それでも少しずつ位置を上げたイスラボニータが、直線で早めに抜け出して押し切る。走破時計は1分37秒9と平凡だったが、センスの高さが感じられる走りをみせる。

新潟2歳Sでは勝ち馬の決定的な瞬発力に屈したものの、2歳馬らしからぬバランスの取れた走りで2着を確保。すでにクラシックを意識させる芯の強さを漂わせていた。

そして、新潟2歳S後、イスラボニータは、オープン特別のいちょうSから東京スポーツ杯2歳S、年が明けて共同通信杯を勝ち、皐月賞では堂々と先頭に立つ競馬で牡馬クラシックの一冠目を制覇した。3歳馬の頂点日本ダービーでは1番人気に支持され、先行集団から直線で先頭に立ったものの、ワンアンドオンリーとの競り合いに敗れて2着。それでも瞬発力勝負ではなく、地力とレースセンスで勝ち切る姿は、新潟で見せた「負けて強し」の延長線上にあった。

古馬になったイスラボニータは、GⅡのマイラーズC、阪神Cに優勝し、GⅠでは安田記念2着、マイルCS2着など、一線級の舞台で長く活躍した。派手さよりも「強さの持続」を体現した競走生活だった。

ハープスターとイスラボニータ - 2頭が輝いた「伝説の新潟2歳S」

晩夏の陽射しがまだ強く、直線の芝が白く光って見えた2013年の新潟競馬場。

新潟2歳Sは、例年スローペースから直線勝負になる傾向が強い。2013年の一戦もその典型で、序盤は淡々とした流れだった。スタート直後、各馬が無理をせずにポジションを取りにいき、先行争いはほとんど起きない。新潟外回り芝1600m特有の「落ち着いた入り」で、隊列はすぐに縦長ではなく横に広がるようなゆったりした形に収まった。

3番ゼッケンのイスラボニータが出遅れ後方追走になる中、先頭に立ったのは西田雄一郎騎手のアポロムーン。マーブルカテドラル、マイネルメリエンダ、ピークトラムが追走して、先団を形成する。

前半のラップは、まさに2歳戦らしい慎重な入りだった。アポロムーンは無理に飛ばさず、後続の各馬も折り合いを重視して控える。1000m通過は60秒台半ばのスロー。馬群は凝縮し、どの馬にもチャンスが残る「溜める競馬」の様相を呈していた。

蛯名騎手のイスラボニータは、中団よりやや後方の外、川田騎手のハープスターは最後方から追走している。どちらも「直線勝負」を見据えた位置取りで、鞍上が馬のリズムを崩さないよう丁寧に運んでいた。

勝負どころは、直線に向いた瞬間だった。馬群が一斉に広がり、各馬が進路を求めて外へと持ち出す。アポロムーンが内で粘る外を、真っ先に抜け出したのはマーブルカテドラルだった。外から先頭目掛けて上がって来る各馬。ピークトラムが外からスッと伸びてくる。

残り300mを切って先頭に立つマーブルカテドラル。馬場の中央からイスラボニータが力強く脚を伸ばす。馬体のバランスが崩れず、まっすぐに伸びていく姿は、すでに完成度の高さを感じさせた。スローからの瞬発力勝負にも対応できる柔らかさがあり、勝ちに行く競馬ができる位置にいた。

しかし、馬群の外──次元を超えた大外から、ハープスターがすべて持っていった。

残り600mを切ったあたりから、ハープスターの脚色は他馬とまったく違った。ラスト3Fは32秒5の驚異的な上がりタイム。とりわけラスト1Fの伸びは、他馬が惰性で伸びる中で一頭だけ、「加速し続けている」ようにさえ見えた。

大外から悠々と、しかし鋭く。馬群を飲み込むというより、他馬とはまるで時間の流れが違うかのような末脚だった。それは、新潟の長い直線が、ハープスターのために用意された舞台であるかのようだった。

イスラボニータは最後までしぶとく伸びて、2着を確保。ラストの持続力は、翌年の皐月賞につながる「芯の強さ」そのものだった。

「スローからの瞬発力勝負を、ハープスターが『別次元』で制し、イスラボニータが『地力』で追随した」

この新潟2歳Sは、まさにそう評せるレースであった。前半の静、後半の動。その転換点で、2頭の才能が鮮やかに浮かび上がった。 ハープスターは、直線の長さを最大限に使う「唯一無二の切れ味」。イスラボニータは、どんな流れでも崩れない「完成度と持続力」。この2頭が同じレースで、同じ直線で、同じ瞬間に輝いたことが、2013年新潟2歳Sを「伝説の一戦」へと押し上げた。

あの夏、新潟の直線で交錯した2頭の蹄跡は、翌年のクラシックロードを予言するものとなった。クラシックへ続く長い道のりの「最初の光」が、そこにあった。ハープスターは、桜花賞を制覇しオークスを2着。イスラボニータは皐月賞を制し、日本ダービーを2着にまとめた。牡馬牝馬で春の主役に輝いた2頭が激突した「伝説の一戦」となる。

新潟2歳Sは、未来の名馬が初めて大きく羽ばたく場所であり続ける。あの日、新潟の長い直線で交差した二つの才能は、そのまま翌春のクラシックロードへと続いていった。未来の名馬は、いつも突然現れる。今年もまた、その「最初の輝き」が新潟の直線から生まれる瞬間を見届けたい。

Photo by I.Natsume

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