[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]福ちゃん史上最大の障害(シーズン2-33)

福ちゃんが馬運車に乗った動画が理恵さんから送られてきました。僕が想像していた以上に大きな馬運車へ乗り込んでいます。パッと見、はとバスぐらいの大きさがありそうで、福ちゃんにとっては東京観光に出発したような気がしたかもしれません。

エクワインレーシングを朝9時に出発し、翌朝に川崎の小向トレーニングセンターに到着予定です。理恵さんは向こうで見送り、僕はこちらでお迎えをしようと思います。

長友先生からは「ホース運輸に問い合わせたところ、朝6時ぐらいの到着予定だそうです」とLINEをもらいました。ざっと21時間の長旅。しかも馬はずっと立った状態で馬運車に乗りますし、サービスエリアでご当地グルメを味わうこともできません。僕だったら途中で発狂してしまいそうです。福ちゃんは無事に川崎まで辿り着けるでしょうか。福ちゃん史上最大の障害と言っても過言ではありません。

ちなみに、Geminiに尋ねてみたところ、ホース運輸は輸送ルートには明確なセオリーとこだわりがあるそうです。函館港から青森港までの一般的なルートではなく、苫小牧港から八戸港のルートを好んで使うとのこと。その理由としては、函館まで何時間も陸送を続けるよりも、早めにフェリーに乗せてしまった方が、船内の空調が効いた静かな環境で馬をじっくり休憩・給水させられるからです(馬の体力消耗を最小限に抑える「馬ファースト」の選択)。

苫小牧から乗船し、八戸までの約8時間の乗船時間を利用し、ドライバーは仮眠をとり、馬も馬運車内で完全に身体を休めます。八戸に到着したら、東北自動車道をひたすら南下し、「紫波サービスエリア(岩手県)」などの定位置で一度停車し、馬の検収(健康状態の確認、水付け、馬房の清掃)を丁寧に行うのがルーティンとなっているそうですね。

前日の夜、僕は遅くまで会食をしていましたが、今ごろ福ちゃんは馬運車に乗ってどのあたりを走っているのだろう、大人しく乗れているかな、暴れてどこかぶつけたりしていないかな、などと気もそぞろ。朝6時に小向トレーニングセンターにいるためには、始発の電車に乗らなければいけません。「今日は早めに帰ります」と切り上げ、翌朝に備えることにしました。寝床に入りながらも、馬運車に揺られている福ちゃんの姿が頭に浮かびます。祈ることしか僕にはできません。

3時に起きて、始発に乗って川崎へと向かいました。スムーズに乗り継げたこともあり、小向トレーニングセンターには6時前には着きました。福ちゃんの到着に間に合わなければ、長友先生に動画を撮ってもらおうと考えていましたが、大丈夫そうです。正門のところで長友先生に電話をすると、「そこで待っていてください」と言われ、しばらくすると長友先生と(ドコフクカゼの調教をつけてくれる)志村さんが一緒に迎えに来てくれました。ヘルメットをかぶり、鞭を持っている志村さんを生で見るのは初めてですが、さすが本職だけあって、ビシッとして格好良いですね。

ドコフクカゼが到着するまでの間、休憩所のような場所で、3人で話しながら待ちました。福ちゃんが無事に到着するかどうか心配していると素直に言うと、「もし何かあった場合は連絡がありますから、何も連絡が来ていないということは大丈夫ということですよ」と長友先生は励ましてくれます。そういう長友先生こそ、昨日は札幌で行われたトレーニングセールに参加して、その夜に戻ってきてくれたそうです。福ちゃんを一緒に出迎えることができて嬉しい限りです。

到着予定時刻から30分経っても、まだ馬運車はやってきません。「どこかで渋滞にハマっているんですかね」と長友先生も心配そう。ちなみに、長距離輸送をすると、大体10キロは馬体重が減るとのこと。エクワインレーシングを出るときが大体483キロですから、470キロぐらいには減ってしまうかもしれません。「輸送で減った体重は食べればすぐに戻りますよ」と教えてくれます。

今日はゆっくりして、明日は厩舎周りを歩いて運動し、明後日ぐらいから乗り込んで行ければと今後のプランも話します。能力試験が6月19日にあるので、とりあえずそこを目指しましょうとのこと。その後、順調に行けば7月開催の川崎競馬でデビューできるかもしれません。慌てることなく馬の様子を見ながら、次の開催を待つこともできます。

志村さんが6時半から調教があるとのことで中座して、その後はジョッキーの話にもなりました。「治郎丸さんは、どの騎手が良いとかありますか?」と聞かれたので、「この騎手じゃなきゃダメというこだわりはありませんね」と答えつつも、「お母さんのダートムーアがそうでしたが、川田将雅騎手のようなビシッと乗ってくれるジョッキーが合っているのではないかと思っています」と持論を展開しました。「それでしたら、川崎なら野畑騎手とか、他場であれば西騎手、藤本騎手などが思い浮かびます。オーナーの希望にできるだけ合わせますし、調教の動きからこの騎手が良いのではと提案することもあります」とのこと。

長友厩舎の管理馬に誰が乗っているのか見ていると、意外にも川崎所属のジョッキーにこだわっているわけではなく、むしろ他場のジョッキーを積極的に起用しているのが分かります。「(本田)正重なんかはコース取りも上手いですし、追えますよ」と提案もしてくれます。本田騎手は自分の型にはめてビシッと乗るタイプではありませんが、スタートからゴールまでその馬の負担にならないように進め、最後まで馬がキッチリ伸ばせるタイプです。もちろん本田騎手クラスのジョッキーであれば、その馬に合わせて乗って、最善の結果を出してくれるはずです。

つらつらとそんな話をしていると、赤い大きな馬運車が入口の門のところに見えました。「あっ、来た!」とふたりで口を揃えます。急ぎ足で迎えに行くと、すでに長友厩舎のスタッフが2人、待機してくれていたのか、すでに馬運車の後ろで福ちゃんが降りてくるのを見守っています。福ちゃんは馬運車のいちばん後方の左側でジッとしていました。ジッとしているというよりも、前後ろ、横とスペースが全くないので身動きが取れない状態です。オーストラリアから帰ってきたときのエコノミークラスで、両脇を大柄な男性に挟まれて、永遠にも感じたあの窮屈な時間を思い出しました。福ちゃんは僕よりも長い21時間の移動を耐えたのですから偉い。メンコを外してもらい、馬運車から後ろ向きに降りてきて、Uターンをした福ちゃんは少し小さく見えました。

そのまま体重計のところまで行き、量ってみると460キロジャスト。23キロぐらい減った計算になります。「思っていたよりも減りましたね…」と、つい僕は独り言ともつかない感じでつぶやいてしまいました。あとから上手獣医師に聞いたところによると、馬は1日で20リットルの水を飲み、10キロ以上の飼料や飼い葉を食べるため、たっぷりと汗をかき、あまり水を飲まず、食べずにいると、入力と出力(プラスマイナス)の関係で馬体重が20キロぐらい減ることは普通にあるとのこと。到着してから、しっかり食べて飲めば、あっという間に回復するそうです。格闘家やボクサーが減量する際に水抜きをするような感じで、体重が落ちたのでしょう。僕たち人間の体重感覚で言うと、2~3キロ減っただけなので、それほど心配する必要はありませんね。

福ちゃんは小向トレーニングセンターを闊歩し、長友厩舎を目指します。初めての環境にもかかわらず、堂々と歩いています。馬房の中に入る際、少しだけ嫌がる素振りを見せましたが、すぐに馬房に入り、あらかじめ用意してあった水をゴクゴクと飲み始めました。寝藁を口にしようとするため、長友先生が見かねて「こっちの美味しい方を食べな」とルーサンを置いてくれました。これだけすぐに食べて飲むことができれば、回復は時間の問題でしょう。

何よりも福ちゃんの精神的な成長を感じられて嬉しかったです。1年前に碧雲牧場を卒業してエクワインレーシングに入ったときとは違い、福ちゃんも大人になったのでしょう。馬運車に乗っての長距離輸送をこなしたことはもちろん、新しい環境における立ち振る舞いを見ても、もう僕の知っている福ちゃんではありません。福ちゃんからドコフクカゼへと成長中なのです。

(次回へ続く→)

あなたにおすすめの記事