1994年。
この年は、後に「日本競馬史上最も偉大な種牡馬」と評される事となる、サンデーサイレンスの初年度産駒がデビューする年だった。
その初年度産駒としてこの世に生を受けたサラブレッド達の中で、父と同じ青鹿毛の毛色を持ち、「最もサンデーサイレンスに似ている」とも言われていた牡馬がいた。2歳夏の新潟でデビューし、朝日杯3歳S(G1)や皐月賞トライアル・弥生賞(G2)を含む怒涛の4連勝で「牡馬クラシック3冠候補」とまで言われていた馬──。
それが、フジキセキである。
しかし彼は弥生賞の後、屈腱炎という脚部の病を発症し、復帰まで1年以上かかるという診断を受け、無念のままターフを後にすることとなる。
そして時が流れ、19年後の2013年6月。
2歳の初夏に、東京競馬場で一頭のフジキセキ産駒がデビューした。
まるで父の果たせなかったクラシック制覇の夢を繋げるために現れたような馬、イスラボニータである。
イスラボニータ
- 2011年 日本産まれ
現役時代
イスラボニータは2歳6月のデビューから6歳の12月までのおよそ4年半の競走生活の間に、中距離〜マイルの一線級で25戦して8勝2着6回3着4回、その獲得賞金は7億5,202万円という、非常に健康的で優れた競走成績をおさめた馬だった。
しかしG1競走では、皐月賞の1勝のみ。
その他にダービーの2着や天皇賞・秋で2度の2着、マイルCSで3着と2着を一度ずつと好走しているが、ついに皐月賞以外のG1競走に勝利する事は出来なかった。
G2競走はセントライト記念やマイラーズC、そしてラストランとなった阪神C、G3競走はで東スポ杯2歳Sと共同通信杯を制していることからも、実力は疑いようがない。
イスラボニータは、本当に父のフジキセキに似ていた。
同じようにデビュー戦のゲートで出遅れて、それをものともせずに勝ってしまった。
そして勝利したレースでは父と同じように直線を抜群の手応えで迎えて、危なげなく先頭に立って押し切るというもの。
走るフォームもよく似ていて、追われてからも少し頭が高く、口向きが悪そうなところを見せながら、抜群の加速力と伸びのあるストライドで他馬を引き離した。
そんなイスラボニータにとって、やはりベストレースだったと言えるのは皐月賞だろう。
クラシックだけに、ライバルも強力だった。
デビュー戦こそ2着に敗れたものの、その後弥生賞を含む4連勝をあげ駒を進めてきた良血トゥザワールド。朝日杯FSを制して2歳チャンピオンとなったアジアエクスプレス。どちらもフジキセキと同じタイトルを手にしている馬たちだった。
そして何より「出走出来なかった父の夢」という見えない重圧も、イスラボニータ陣営にはあったことだろう。
その皐月賞を勝利したことで、イスラボニータは父からの夢を繋ぐと同時に、父の産駒として初の牡馬クラシックを勝利した馬となった。
思えばこの年の牡馬クラシックは「父の無念」を晴らすことを達成し、それを自身唯一のG1タイトルとした馬ばかりだった。
父ハーツクライが2着だったダービーを制したワンアンドオンリー。
父スペシャルウィークが2着だった菊花賞を制したトーホージャッカル。
そして父フジキセキが出走出来なかった皐月賞を制したイスラボニータ。
何より不思議な事にこの3頭はどの馬も、父にとって初めての「牡馬クラシックのタイトル」を手にした産駒なのである。
種牡馬としてのイスラボニータ
結論から言うと、イスラボニータは種牡馬としてかなり期待できるポテンシャルを秘めた馬では無いかと考えている。その根拠を紹介していきたい。
①距離の融通性
父のフジキセキは、母系の長所を活かす柔軟性に優れていて、多彩なタイプの産駒を輩出した種牡馬だった。
例として、下記のような名馬たちがあげられる。
- スプリント:キンシャサノキセキ、ストレイトガール
- マイル:ダノンシャンティ、サダムパテック
- 中距離:イスラボニータ、ドリームパスポート
- ダート:カネヒキリ
その中でも最も幅広い距離で活躍した1頭とも言えるのが、イスラボニータであった。
2000mの皐月賞や天皇賞だけでなく2400mのダービーでも2着と好走し、引退レースでは1400mの阪神Cで、スプリンターやマイラーのスピード馬を抑え込んで勝利を果たしている。
古馬になってから母父のコジーンや母母父のクラフティプロスペクターといったパワー・スピード型血統の影響が強くなり明らかに得意な距離を短くしたが、2歳〜3歳の時期にクラシック路線で優秀な成績を収めたという事実は大きい。
種牡馬としても一介のスピード馬としてだけでなく、スピードを軸にした柔軟性と底力を伝えてくれるはずだ。
②コースへの適応力・柔軟性
2歳時の重賞制覇以来、常に一線級で戦い続けたイスラボニータ。
彼は東京・中山・京都・阪神・新潟と、実に5つもの競馬場で重賞を勝利している。
それぞれ距離はもちろんのこと、芝質の違いやコース形態、坂の有無などが様々な条件がある中でこの成績を上げたというところに、イスラボニータの競走馬としての資質の高さと、種牡馬としての可能性を強く感じることができる。
この柔軟性から、フジキセキに近いポテンシャルを感じる。
皐月賞を制し、1400や1600の重賞を制したイスラボニータの産駒が、スピード(速さ)の面で苦労することは考えにくい。そして母系からの底力の供給を期待するだけでなく、イスラボニータ自身が皐月賞やダービー、天皇賞・秋と言った中距離の一流レースで好走するだけの底力を持っていることも、種牡馬として頼もしい要素である。
③血統構成
イスラボニータの父フジキセキは、他のサンデーサイレンス産駒の後継種牡馬と比べて、血統面で圧倒的に有利な点があった。
それは「母方にサンデーサイレンスと相性の良いノーザンダンサーやミスタプロスペクターやトニービンといった主流系統の血を持っていないこと」である。
サンデーサイレンス×ルファビュルー(セントサイモン系)×インリアリティ(インテント系)×コーニッシュプリンス(ボールドルーラー直仔)と言った血統構成のフジキセキには、上記のような主流血統から産まれた牝馬を積極的に種付けすることが可能だった。
では息子であるイスラボニータはどうか。
イスラボニータの血統はフジキセキ×コジーン(グレイソヴリン系)×クラフティプロスペクター(ミスタプロスペクター直仔)×ファーノース(ノーザンダンサー直仔)という構成であり、母方にミスプロやノーザンダンサーの血が入っているものの、既に世代を経ているので問題ない。そのため、ミスプロ系牝馬やノーザンダンサー系の牝馬、あるいはサンデーサイレンス系の牝馬にも種付けが可能である。
父フジキセキが「母方に主流血統なし」という血統構成で有ることで、イスラボニータも種牡馬として主流血統持ちの繁殖牝馬と配合しても、血が濃くなりすぎるのを避けることができる。
この点も、イスラボニータの種牡馬としての成功の可能性を感じる事が出来る要素ではないだろうか。
父のクラシックへの想いを乗せて、見事に皐月賞を制覇したイスラボニータ。
彼の産駒がその背中に乗せるのは、イスラボニータが叶えられなかったダービー制覇の夢か、はたまた古馬G1タイトルを獲得することか──産駒たちの活躍から目が離せない。
写真:s.taka