「名馬」を語る 尾花栗毛が冬の枯芝に輝いた! 「この馬は競馬を知っている」と感じさせた名馬、トウショウファルコ 2026年1月24日 まだ、スマホもSNSも無かった、平成初期の頃の話──。 一頭のグッドルッキングホースが、華麗なる逃げを披露していた。もしも、令和の時代に現役生活を送っていたら、間違いなくアイドルホースオーディションの上位に名を連ねる人気馬になっていたはずだ。 トウショウファルコという名の馬は、いわゆる名馬列伝の中で派手に語られるタイプ... 夏目 伊知郎
「名馬」を語る あの日、東京の芝に咲いた奇跡の薔薇 - テンハッピーローズの蹄跡を振り返る 2026年1月17日 2025年、仕事納めの日。納会を前に、誰もが掃除をしている風景を見ながら、私は自分の机の引き出しを整理していた。インクの出なくなったボールペン、付箋の使いさし、引き出しのあちこちに散らばるターンクリップ…。次々と出てくる、何年も前から眠っていたであろう不必要な面々を仕分けしていると、引き出しの奥から1枚の馬券が顔を出し... 夏目 伊知郎
「名馬」を語る 仁川の匠ここにあり。ベラジオオペラと横山和生 2026年1月12日 2025年12月24日。大阪杯を連覇したベラジオオペラが競走馬登録を抹消。社台スタリオンステーションで種牡馬になることが発表された。国内外で14戦し、通算6勝。獲得賞金は11億円をこえた。父ロードカナロア、母エアルーティーン、母の父ハービンジャー。栗東上村洋行厩舎に所属し、主戦騎手を務めたのは横山和生騎手だった。 仁川... 勝木 淳
「名馬」を語る その重力を速さに変えて - 砂の上を進撃した重戦車ドンフランキー 2026年1月11日 パドックにゆっさりと姿を現すと、それだけで場内の空気が一変する。 遠くからでも一目でわかる、あまりに巨大な影。ゼッケンが妙に小さく見えるほどの馬体を揺らし、確かな重力をもって、彼はのっしのっしと歩いてくる。 ドンフランキー。その馬体重、600キロ。 500キロを超えれば「大型馬」と称される競馬界において、彼は外れ値のよ... norauma
「名馬」を語る 愛された馬“アルしゃん”こと、アルナシームの「幸せの蹄跡」を振り返る 2026年1月10日 新年最初の重賞レース、中山金杯。レイデオロ産駒の牡馬カラマティアノスと、1番人気のアンゴラブラックとのハナ差の接戦で、2026年の中央競馬はスタートした。ウイナーズサークルで満面の笑みを浮かべるカラマティアノス騎乗の津村騎手を見ながら、1年前の中山金杯を思い出していた。 「そういえば、去年の中山金杯を制したのはアルナシ... 夏目 伊知郎
「名馬」を語る 2つの光の「あわい」で静かに輝く。「地上絵」を描き続けた孤高の旅人、ジオグリフ 2026年1月5日 イクイノックスとドウデュース。 日本競馬史が到達した一つの頂点とも言える同世代の2つの光は、互いを照らし、屈指の眩い輝きでターフを照らした。この時代を鮮やかに彩った両雄の強さとドラマは、きっとこの先も長く記憶される。 その蹄跡を辿ると、ふと、光の陰陽が変わる瞬間がある。鮮烈な二つの光の「あわい」で静かに輝きを放つ、一つ... norauma
「名馬」を語る ウシュバテソーロ - 数奇な旅路を辿った皆の宝物 2026年1月4日 有名なクセを持つ名馬といわれて、私が真っ先に思い浮かべる馬は"彼"である。毎回、この世の終わりみたいな表情で首を下げ、パドックをやる気なく歩いていたウシュバテソーロだ。全力で走るのを嫌う、夏も嫌い、ゴールを通り過ぎた途端に立ち止まる、調教中に騎手の手綱を無視して勝手に帰ろうとする等々…奇矯とも言える振る舞いが印象深い。... 大守アロイ
「名馬」を語る 諦めの悪さにこそ力は宿る。ソウルラッシュの現役生活を振り返る 2026年1月2日 2019年の終わりから毎週末の重賞を回顧する記事を書くようになった。振り返る記事は基本的に当然ながら勝ち馬を主役に展開する。なぜなら、競馬は勝つことが第一であり、勝ち馬こそがそのレースの最高だからだ。そうでなければ競馬の価値がおかしくなる。一頭の馬に関わる人々はみな、ただ1着でゴールすることにすべてを注いでいる。その情... 勝木 淳
「名馬」を語る 誇り高き岩手の皇帝 - 漆黒の雄・トーホウエンペラー 2025年12月29日 漆黒の馬体が凍てついた地面を力強く蹴る。砂塵が舞いあがり、蹄音が響く。 厳冬を乗り越えた四肢は、しなやかで逞しく、美しい。ひとつ、またひとつと確かな軌跡を刻んでいく。 東北の雄、トーホウエンペラー。 幾度の冬を超え、皇帝としての才を開花させた。そして地方に在りながら、中央の強豪と渡り合い、その名が示すように、砂の頂へと... norauma
「名馬」を語る グランプリこそ彼女の舞台 - 芦毛のヒロイン・クロノジェネシス 2025年12月28日 ぼくは、アスリートと呼ばれる人たちとは無縁の生活を送ってきた。幼稚園児のころから運動は不得意だったし、小学生になると体育の時間は苦痛以外の何物でもなかった。クラスの中で一握りの「運動が得意な児童たち」の華やかな活躍を冷ややかに眺めている、ノリの悪いその他大勢。そんなクラスのスターたちに対して憧れの気持ちを持っていなかっ... 高橋薫