サイアーラインや近親交配を中心に語られることが多い血統論だが、牝系を通じて繋がるDNAはサラブレッドの遺伝を語る上で非常に重要な要素だ。
この連載では日本で繁栄している牝系を活躍馬とともに紹介しその魅力を伝えていく。
今回取り上げるのはデアリングタクトやEcton Parkなどを輩出したデアリングダンジグの牝系だ。
多様なステージで活躍馬を輩出するオールラウンド牝系
代表馬
・デアリングタクト
・Ecton Park
米国で生産されたデアリングダンジグ。
競走馬としては実績を残すことはできなかったが、血統背景の良さも後押ししたか、繁殖牝馬として社台ファームが導入。
母Impetuous Galは重賞馬、半姉Banker's Lady(父Nijinsky)はレイディースH(G1・ダート10F)などG1を3勝した名牝。ちなみにBanker's Ladyを根幹とするファミリーは日本にも入ってきていて、22年フローラS2着のパーソナルハイが出ている。
そのような優秀な牝系の一員だったこともあってか、デアリングダンジグの繁殖成績は抜群だった。
輸入される前の産駒Ecton Park(父フォーティナイナー)が99年スーパーダービー(G1・ダート10F)を勝利したのを皮切りに、日本輸入後の産駒もピットファイター(父Pulpit)が05年アンタレスSなど重賞3勝、デアリングタクトの祖母に当たるデアリングハート(父サンデーサイレンス)は06、07年府中牝馬S連覇と06年クイーンS勝ちに加えて05年NHKマイル2着、同年桜花賞、07年VM3着などの実績を挙げた。
デアリングダンジグ牝系の特徴として、種牡馬に合わせることが上手だということが挙げられる。フォーティナイナーやPulpitをつければダートの中距離で走る馬が出るし、サンデーサイレンスをつければ芝でスピード勝負できる馬が出せる。
共通項を挙げるのであればスピードと機動力だ。特に強調したいのは機動力、要はコーナーワークの上手さだ。
Ecton Parkが勝利した99年スーパーダービーもコーナーから一気に加速して勢いそのままに押し切る内容。ピットファイターもコーナリングが上手くて、05年マーキュリーCの競馬はデアリングダンジグの産駒らしい走りだった。
スパイラルカーブを採用してるコースではより顕著だが、通常のコースであっても4コーナーから直線に向く際はどうしても遠心力で一瞬の減速が入る。
この牝系の馬、特にデアリングダンジグ産駒の走りにはそれが全く感じられないことが強みだろう。
またEcton Parkもダート中距離馬にしてはスピードタイプだったように、適性こそそれぞれ違えどスピード性能も高い。
その根幹にはデアリングダンジグの父Danzigの影響を強く感じる。
デアリングタクトのベストパフォーマンスのひとつが、秋華賞だったのではないだろうか。
コーナーから捲り上げるように動いていって、勢いそのままに前方馬群を飲み込む競馬である。そんな勝ち方ができる馬だからこそ、逆に、オークスみたいに長い直線で一気の末脚で決めきるという競馬は厳しいだろう。それでも勝ち切るのがデアリングタクトの強さなのである。
遂に出た大物!ここから繁栄を目指すデアリングハート
デアリングダンジグの繁殖成績は抜群だったが、そこから牝系は伸び悩んでしまっていたのが現状。
この連載において、取り上げる牝系の選定基準はいくつかあるのだが、デアリングタクトが出なければこの連載で取り上げることはできなかったし、実を言うとデアリングタクトを含めても選出基準は満たしていない。
とはいえ気になる人も多いのはわかっているので、特別選出という形にしておこう。
①デアリングハート
現在重賞級の活力を持って牝系を継続しているのはデアリングハートの枝一本のみ。
デアリングタクトが出るまではほぼ全盛期の勢いは成績上は失われていた。
とはいえ祖母の代では活力を持っていたわけだから、母や叔父叔母の代で活躍馬が出ていなくても見切るのは早い。
確かにミトコンドリアのDNAの塩基置換速度は早いが、複数頭の活躍馬が出ている(=配合が絶妙にハマっただけでなく牝系が優秀)パターンで、一代限りという事象はほとんど見ない。
従ってセリ馬や一口出資を検討する方はそのあたりも考慮した上で馬体や歩様を見るべきだし、デアリングタクト出資者はお見事と言わざるをえない。
デアリングハートは競走馬としては一流の成績を残したが、繁殖としては現2勝クラスのデアリングウーマン(父ロードカナロア)を輩出した程度で、期待されていたほどの繁殖成績はあげられなかった。
デアリングタクトの母デアリングバード(父キングカメハメハ)はデアリングハートの初仔。元々社台TCで3600万円で募集されていた馬。デアリングダンジグの血統を買って社台ファームが輸入したと書いたが、デアリングハートも社台ファームの繁殖牝馬だ。
すなわち、母デアリングバードは競争成績こそ1戦未勝利に終わったが、少なくとも天下の社台ファームが血統を評価していて、3600万円の価値があると思った馬だったわけだ。
引退したのが2014年で、その時にはすでに13年産の2番仔が産まれて1歳になっていた。
その馬のデキを見ての判断なのかどうかは定かではないが、デアリングバードは引退後繁殖牝馬セールに出品され、長谷川牧場が360万円で落札した。そしてデアリングタクトが産まれたわけだから、やはり内包していたミトコンドリアのDNAは優秀だったと言わざるをえない。
もちろんエピファネイア×キングカメハメハ×サンデーサイレンスの組み合わせはバランスがいいから成功したんだという意見も理解できる。
しかし、父、母父、母母父、このように種牡馬にフォーカスして考えるだけではどこまでいっても血統表を網羅することはできないということも知っていただきたい。
最後の一本、牝系の重要性を今一度考えさせてくれる一頭であることは間違いない。
豊富な牝馬に託す未来
デアリングバードの産駒は、22年産まで全頭牝馬だ。
競走馬になった、もしくはこれからなる馬の父はエピファネイアが4頭、ドレフォンが1頭。デアリングタクトが出た後に1頭ドレフォンをつけられていることはこの牝系を繋ぐうえでキーとなりそうだ。
もちろん、その馬一頭を売るとなるとデアリングタクトの全弟全妹ばかりを生産してしまうのが手っ取り早い。しかし、血統の多様性を考えればデアリングタクトの全兄妹だらけにしてしまうのはよろしくない。
デアリングダンジグ牝系は冒頭で述べた通り多様な種牡馬と合わせられる利点を持っているし、機動力もあるから、ダートでの活躍も十分望める。
競走馬としてはデアリングタクト一強という現状だが、繁殖としては妹たちが活躍する未来も容易に想像できるだろう。
写真:かぼす