過日、2021年のNARグランプリが発表されました。
NARグランプリは1990年に地方競馬全国協会(NAR)によって創設された年間表彰制度です。種々の競走馬に対し地方競馬における活躍を讃える目的であり、中央競馬におけるJRA賞に相当します。
このNARグランプリですが、本年度は異例とも言える2頭の馬が表彰されました。
特別賞を受賞したカジノフォンテンと、特別表彰馬に選出されたマルシュロレーヌです。
巷では「JRA賞の受賞が見送られたマルシュロレーヌが、NARグランプリで受賞した」という構図で、半ばゴシップ的な話題を集めた感がありますが、その中身についての正しい理解は、あまりなされていないのではないかという印象を受けました。
今回は、この2頭の受賞が如何に異例の事態であり、地方競馬史に残る快挙であるかについて、少し長文となりましたが解説していきたいと思います。
さて、このNARグランプリ特別賞と特別表彰馬、JRA賞特別賞と名称こそ似ていますが、賞の意義・目的は全く異なります。
JRA賞特別賞は、惜しくも通常の部門賞での受賞には至らなかったものの、年度中に顕著な成績を残した馬を表彰するために設置されている賞です。
過去の受賞馬を見ると、大きく分けて、例年なら年度代表馬クラスの活躍をした馬への表彰(スペシャルウィーク、クロノジェネシスなど)、「日本競馬史上初」や「数十年ぶり」などの快挙と言える実績を達成した馬への表彰(ステイゴールド、ウオッカなど)、競馬人気に大きく貢献した馬への表彰(ハイセイコー、オグリキャップなど)、そして競走中の悲劇的な事故により急逝した馬に対する追悼の意を込めた表彰(テンポイント、サイレンススズカなど)、以上の概ね4パターンに分類できるのではないでしょうか。
このようにJRA賞特別賞の場合、受賞馬一覧を見ても受賞理由にはかなり幅があり、また毎年表彰がある訳でなく、あくまで通常の部門賞での取りこぼしをすくう形で受賞が決定されます。
それに対し、NARグランプリにおける特別賞と特別表彰馬は、全く異なる性質を持ちます。
では、NARグランプリにおける特別賞と特別表彰馬が、そもそもどういった趣旨の賞なのかについて説明することにしましょう。
特別賞の正式な名称は「NARグランプリダートグレード競走特別賞」となります。
この特別賞ですが、実はNARグランプリ創設当初からあった賞ではありません。歴史的には元来はNARの管轄ではなく、ダート競走格付け委員会により97年に創設された「ダートグレード競走最優秀馬」の選出制度がその起源です。
当時ダート競走における表彰制度は、JRA賞とNARグランプリとが既に存在していましたが、JRA賞の表彰対象はJRA所属の中央馬に限られ、NARグランプリの対象は地方馬に限られていました(ちなみに現在ではJRA賞については地方馬も対象となっています)。そこで対象を中央・地方に限定せず、その両方を含めた上での最優秀ダートホースを表彰しよう、という意義でこの「ダートグレード競走最優秀馬」が創設された形となります。
この「ダートグレード競走最優秀馬」が2008年に管轄団体であるダート競走格付け委員会が解体(日本グレード格付け管理委員会に移管)されたため、NARグランプリに吸収されたことで生まれたのが、「NARグランプリダートグレード競走特別賞」なのです。
またそれに伴い、表彰対象となる成績については「地方競馬で実施されたダート交流重賞競走」という形に限定されました。これはJRA賞最優秀ダートホースがほぼ完全にJRAのダートG1勝ち馬からの選出となっている事から、それに対してバランスを取る形で制定されたのではないかと推測されます。
ザックリとした分類を行うと、
- JRA賞最優秀ダートホース:JRAダートG1で最も優秀な成績を残した馬
- NARグランプリ年度代表馬:地方所属馬で最も優秀な成績を残した馬
- NARグランプリ特別賞:地方開催のダート競走で最も優秀な成績を残した馬
このように上記3賞による棲み分けが行われているという形になります。ただしJRA賞に関してはハッキリと制度としてそのように定められている訳ではなく、過去の投票傾向からほぼそうなっている、というだけの話です。(もう1つ言うと、年度代表馬はあくまで「その年を代表する馬」であり、それがイコールで最優秀馬なのかどうかに関しては実は議論がある所なのですが……)。
さてこのNARグランプリ特別賞ですが、過去の受賞馬一覧を見てみると1つの傾向に気が付きます。
- 2008年 カネヒキリ(牡6) JRA所属
- 2009年 エスポワールシチー(牡4) JRA所属
- 2010年 スマートファルコン(牡5) JRA所属
- 2011年 スマートファルコン(牡6) JRA所属
- 2012年 エスポワールシチー(牡7) JRA所属
- 2013年 ホッコータルマエ(牡4) JRA所属
- 2014年 ホッコータルマエ(牡5) JRA所属
- 2015年 ホッコータルマエ(牡6) JRA所属
- 2016年 コパノリッキー(牡6) JRA所属
- 2017年 コパノリッキー(牡7) JRA所属
- 2018年 ルヴァンスレーヴ(牡3) JRA所属
- 2019年 オメガパフューム(牡4) JRA所属
- 2020年 クリソベリル(牡4) JRA所属
──そうです。JRA所属馬しか受賞していないのです。
これは07年以前の「ダートグレード競走最優秀馬」に範囲を広げても、地方所属馬の受賞は98年のアブクマポーロと99年のメイセイオペラの2頭のみとなります。
これはもちろん地方馬が不当に冷遇されているという訳ではなく、それほどに地方と中央では馬の能力に差があるという事実を示していると言って良いでしょう。そのため、全ダート競走が対象とされていた「ダートグレード競走最優秀馬」時代にはほとんどの年度で、地方競走に限定したNARグランプリ特別賞に移行後であっても複数の年度で、受賞馬はJRA賞最優秀ダートホースも同時に受賞しています。
そして本年度、NARグランプリ特別賞を受賞したのが船橋競馬所属のカジノフォンテンであり、史上初めて地方所属馬としての特別賞受賞馬になる訳です。
上述した通り、このNARグランプリ特別賞は、地方・中央の所属に限らず、地方開催のダート競走にて最も優秀な成績をおさめた馬が受賞する賞であり、名実共に地方競馬のチャンピオンを決める賞です。
すなわち、JBC開催が創設され、地方G1競走が現行の年間10レース制となった2001年以降、2021年度は史上初めて地方馬が地方ダート競走でチャンピオンとなった特別な年ということになります。
……ということで、それだけこのカジノフォンテンの受賞には価値があり、快挙と言って良い歴史的偉業である訳なのです。
ちなみに、カジノフォンテンが特別賞を受賞した一方で、年度代表馬の方はこれまた地方馬として初めて
JBCクラシックを制覇したミューチャーリーが選ばれています。
単純に考えれば、地方競走で最も優秀な成績を残した馬を決める特別賞を地方馬が受賞したのなら、例年であれば年度代表馬も自動的にその馬になっていた所でしょうが、JBC開催はその創設経緯的にも地方競馬において非常に強い意味合いを持つため、そのメインレースであるJBCクラシックを地方馬として史上初めて制したという点が結果的には重視されたようです。
この2頭のどちらを4歳以上最優秀牡馬に選出するかについては選考委員でもかなり議論が割れたらしく、2頭同時受賞という案も出されたくらいだったそうです。それほど2021年度は地方馬躍進の年だったということですね。
さて、一方のマルシュロレーヌが受賞した特別表彰馬ですが、こちらは一体どのような賞なのでしょうか。
こちらも特別賞同様、NARグランプリ創設当初からあったものではなく、また、公式には現在「地方競馬の発展に顕著な功績があったと認められる馬や、その他特に顕彰に値する馬があった場合に選定」とされていますが、その意義と目的に関しても歴史的に少々変遷があったりします。
まずは過去の受賞馬一覧を見ていきましょう。
- 1995年 トウケイニセイ&ライブリマウント *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を3勝
- 1996年 ホワイトナルビー&ホクトベガ *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を8勝
- 1999年 イナリトウザイ
- 2000年 ハイセイコー&ファストフレンド *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を4勝
- 2001年 ノボジャック *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を6勝
- 2002年 ゴールドアリュール *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を3勝
- 2003年 ロジータ&アドマイヤドン *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を3勝
- 2004年 ニホンカイローレル
- 2005年 タイムパラドックス *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を3勝
- 2006年 ブルーコンコルド *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を4勝
- 2007年 ミルジョージ&ワカオライデン&ヴァーミリアン *当時現役 JRA所属にて当年交流重賞を4勝
- 2008年 ホスピタリテイ
- 2009年 アジュディミツオー&タガミホマレ
- 2010年 コスモバルク
- 2013年 ブライアンズタイム&フジノウェーブ
- 2014年 ライデンリーダー&アジュディケーティング
- 2015年 オグリローマン
- 2016年 メイセイオペラ&イナリワン
- 2018年 サウスヴィグラス
ザッと見るだけで、明らかに受賞馬の傾向が変化していることが分かるのではないでしょうか。特に初期の頃には毎年見られた、交流重賞で活躍したJRA所属馬の選出が07年を最後に無くなっています。
この辺りの歴史的経緯について詳しく説明していきます。
まず創設初年度である95年の受賞馬は、ライブリマウントとトウケイニセイの2頭です。
95年と言えばこの年は、中央G1が指定交流競走と制定されるなど、地方競馬と中央競馬との交流活性化を目的とした施作が始まった、いわゆる「交流元年」の年でした。
その中でライブリマウントはこの年、地方競馬にて帝王賞、ブリーダーズゴールドC、南部杯の3勝を上げており、中央勢のエースとして地方を主戦場に大きく活躍した馬です。
一方トウケイニセイは岩手競馬に所属し、この年は5戦3勝の成績を挙げ、大晦日に水沢競馬場で開催された桐花賞を最後に引退しています。しかしながら勝った3レースは全て岩手競馬所属馬限定レースであり、指定交流重賞である南部杯では3着に敗れているのです。率直に言えば、当該年度の競走成績によって表彰された訳ではないであろうことが判断できます。
トウケイニセイは岩手競馬で今なお歴代最強とも言われるほどに圧倒的な強さを誇った馬であり、そして地元岩手の競馬ファンからこよなく愛された馬でした。
幼い頃から病弱で常に脚部不安を抱えており、繊細な性格だったこともあり長距離輸送をほとんどさせれなかったこと、また交流元年の95年には既に8歳という高齢の身だったために、残念ながらその強さを全国レベルで知らしめることこそ出来ませんでしたが、99年のフェブラリーSにて同じく岩手所属のメイセイオペラが地方馬として史上初めて(そして今なお唯一の)中央G1を制した際には、トウケイニセイの主戦騎手でもあった鞍上の菅原騎手が「トウケイニセイの全盛期の方がもっと強かった」とインタビューで語ったそうです。
トウケイニセイが特別表彰馬に選出されたのは、その生涯に渡る岩手競馬への貢献が理由にあった訳です。
この年以降の数年間も特別表彰馬は、ライブリマウントとトウケイニセイがそうであったように、その年度の地方競走において顕著な成績を残した中央馬と、地方競馬の歴史において地方競馬に大きく貢献した馬(競走成績だけでなく繁殖成績等も含めて)とが、表彰される形となります。
ザックリと言ってしまえば、中央競馬における顕彰馬制度と現在のNARグランプリ特別賞を、同時に兼ねたような賞だったと言って良いでしょう。事実、NARグランプリ特別賞が前身のダートグレード競走最優秀馬だった時代では、特別表彰馬とダートグレード競走最優秀馬とに同時選出されている馬が多数見られます。
現役馬の選出は08年以降出ていませんが、これはこの年にNARグランプリ特別賞が創設されたことと対応しており、「地方競走において顕著な成績を残した中央馬への表彰」の役割は特別賞が担うようになったということだと読み取れます。
つまり、現行制度における特別表彰馬は、中央競馬における顕彰馬とそのまま対応すると言って良いような位置付けとなります。(ちなみにオグリキャップに関しては、NARグランプリ初年度において本来人物部門である特別功労賞を例外的に競走馬として受賞しています)。
中央競馬における顕彰馬の受賞は、現行制度において「競走馬登録の抹消から1年以上経過し、20年以内の馬」に限られています。地方競馬の場合も、特に同様のルールがある訳ではありませんが、従来の受賞馬は07年以前の「地方競走において顕著な成績を残した中央馬への表彰」のパターンを除けば、全て現役引退後の馬に限られています。
そんな中で皆さんご存知の通り、今回特別表彰馬に選出されたマルシュロレーヌは現役の競走馬です。現役馬に対してその年度の競走成績を理由とした特別表彰馬への選出は、実質的に史上初めてと言って良く、異例中の異例と言って差し支えないでしょう。
──では一体、何故マルシュロレーヌにそんな異例の表彰がなされたのでしょうか。
この理由を正しく理解するためには、ダート競走における牡馬と牝馬の能力差についてまず知っておく必要があります。
人間のスポーツと同様、一般的に競馬においても牡馬と牝馬では牡馬の方が総じて高い能力を有することが知られており、基本的に牡馬と牝馬の両方が出走するレースでは牝馬は牡馬に比べて軽い負担重量で済むように決められています。
しかしながら、ゼロ年代の中頃辺りから日本競馬では「牝馬の時代」が到来した感があり、ウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタ、ジェンティルドンナ、アーモンドアイなど、牡馬を相手どっても文句なしに「チャンピオンホース」と呼べる牝馬が数多く誕生しました。もはや牡馬牝馬混合G1で牝馬が勝利することは珍しくなくなっています。
ただし、それはあくまで芝に限った話です。
スピード能力が重要な芝の競走に比べて、パワーが要求されるダート競走では、現代でも圧倒的に牡馬が有利となっています。
2001年にJBCが創設されて以降、日本競馬における牡馬牝馬混合のG1級ダート競走は地方中央合わせて年間11走が開催されています。すなわち今世紀で既に220のG1級レースがダート路線では施行されてきた計算になりますが(全日本2歳優駿がG1格を持つようになったのは02年からなので、正確には219走が正しい計算ですが)、この中で、これらのG1級競走に勝利した牝馬は以下のわずか7頭に限られ、しかもその半分以上は全日本2歳優駿が占めています。
- 2003年 帝王賞 ネームヴァリュー
- 2005年 全日本2歳優駿 グレイスティアラ
- 2009年 全日本2歳優駿 ラブミーチャン
- 2012年 全日本2歳優駿 サマリーズ
- 2015年 チャンピオンズC サンビスタ
- 2015年 JBCスプリント コーリンベリー
- 2016年 全日本2歳優駿 リエノテソーロ
日本競馬のダート路線において牡馬を相手にチャンピオン級の活躍を継続できた馬と言えば、96年のホクトベガか、広く見ても00年のファストフレンドを含めた2頭に限られると言ってよく、今世紀に入ってからはまだその域に達した馬はほぼ現れていない……というのが実情なのです。
このように牡馬と牝馬の能力差が芝以上に顕著なのがダート競走なので、ダートを主戦場とする牝馬の場合、牝馬限定競走が概ね主戦場となります。そしてそこで重要となるのが、中央競馬には牝馬限定ダート重賞が存在せず、日本における牝馬限定ダート重賞はその全てが地方競走で開催されている、という点なのです。
すなわち、日本競馬界における牝馬ダート路線は基本的に地方競馬の領分であり、「牝馬ダート路線を擁している」というのが、中央競馬と明確に差別化された、地方競馬の重要なアイデンティティの1つであると言っても良い訳です。
もちろん牝馬の身でダート競走で活躍しているマルシュロレーヌもまた、その主な勝ち鞍のほとんどは地方重賞競走によって占められています。そんなマルシュロレーヌが、地方競馬での活躍を足掛かりにして世界最高峰のレースであるBCディスタフに挑戦し、見事その頂点に輝いたのです。
過去の特別表彰馬において、競走成績によって選出された地方馬のほとんどは、中央に打って出て顕著な成績を残した馬や、交流レースで中央馬を堂々と迎え討った馬達でした。言うなれば、これまでの特別表彰馬の大部分はあくまで中央馬達との比較によって選定されてきたと言えます。
そういった歴史的経緯を考えた時に、「中央には存在しない地方独自路線にて活躍し、その活躍を糧に世界最高峰のレースを制した」というマルシュロレーヌの存在は、過去のいかなる名馬達とも全く異なる手段によって、地方競馬の存在意義を証明し得たのだと言っても過言ではありません。
現役馬のマルシュロレーヌが異例の特別表彰馬に選出されたのには、このような背景があった訳です。
地方馬として初めてNARグランプリダートグレード競走特別賞を受賞したカジノフォンテン。
現役馬として実質的に初めてNARグランプリ特別表彰馬に選出されたマルシュロレーヌ。
この2頭の名馬の名前は、今後も地方競馬の歴史の中で長く長く語り継がれていくことでしょう。
写真:ウカ