白毛馬ブームの原点、ユキチャンの秋華賞。

白毛馬が主役になる時代の到来

2022年の夏は白毛馬たちがローカル競馬を盛り上げた。

札幌記念のソダシ、ハヤヤッコの白毛対決を頂点に、レパードステークス優勝馬ハヤヤッコの芝の重賞・函館記念制覇。ゴールドシップ産駒のアラオキも函館、札幌で3回登場して上位に食い込み、午前中の競馬を賑わせてくれた。

新潟最終週にはハイアムズビーチがダートへ転身して楽勝。白毛ではないもののソダシの妹ママコチャも、2勝クラスで気持ち良い勝ち方を披露した。


出走してきた白毛馬に馬券を度外視したあたたかな声援を送る時代から、馬券の対象にする時代へ──。
確実に白毛馬たちのレベルはアップしている。
その主流を形成するのが「シラユキヒメ一族」だろう。子供たちから孫へ、さらに曽孫へ。シラユキヒメを起点とする白毛馬の枝葉がどんどん拡大している。

シラユキヒメは1996年、父サンデーサイレンス母ウェイブウインドの突然変異で生まれ、5歳(現4歳)時の2001年2月の小倉でデビュー。ローカル開催の500万以下(1勝クラス)での出走しか道は無く、芝のレースを中心に9戦未勝利3着1回で引退。しかし、母となってその能力を子供達に伝える役割をしっかりと担い、白毛馬の系譜を繁栄させていった。

中央で初勝利をマークした白毛馬がシラユキヒメの2番仔ホワイトベッセル。6番仔マシュマロは一族で初の新馬勝ちをマークし、引退後には初仔のハヤヤッコが2019年のレパードステークス優勝。白毛馬初の中央重賞制覇を成し遂げ、2022年の函館記念優勝により「芝&ダート重賞制覇」という記録も積み上げた。

7番仔ブラマンジェは4戦未勝利引退も3連勝でオープン入りしたダノンハーロックを送り出し、9番仔ブチコが遂に白毛馬初のG1馬、ソダシを産出した。

シラユキヒメを祖とする孫世代の白毛馬たちが、次々と花を咲かせ始めている。

──では、白毛馬が初めてG1レースに出走したのはいつか?

それは2008年の秋華賞。達成したのはシラユキヒメ3番仔のユキチャン。
ソダシのG1制覇につながる起点として、ユキチャンがその第一歩を記すことになる。

ユキチャンの系譜

シラユキヒメの3番仔ユキチャンは父クロフネという血統を持ち、2007年7月の福島新馬戦でデビュー。

デビュー戦こそ14着と大敗したものの、2戦目は暮れの中山ダート1200mの未勝利戦に登場。立て直した効果があったか、中団前目の追走から直線豪快に差し切って初勝利。3ヶ月の休養を挟んで再登場したのは3月中山のミモザ賞だった。道中うまく流れに乗って直線追ってからもしっかり伸びて連勝。久々、昇級戦、芝替わりの距離延長を克服した。

いつの間にかユキチャンは話題性に加え、実力面でも注目される存在となった。

2勝目を挙げ、オークスに狙いを定めて4戦目に重賞フローラステークスを選ぶも、オープンの壁に阻まれ7着。オークス出走を断念したユキチャンは、今度はダート重賞を目指すことになる。
2008年6月18日。川崎の交流重賞・関東オークスに武豊騎手を擁して出走。

2番人気でスタートしたユキチャンは、武騎手の絶妙の逃げで序盤からレースを支配する。快適なペースで直線に入ると、猛然と追いこんで来る1番人気プロヴィナージュを尻目に8馬身差の圧勝。

ユキチャンは、白毛馬として初の重賞制覇を飾った。

白毛馬初のG1レース出走/2008年秋華賞

私は、毎年、秋の関西G1遠征は3回と決めている。

特別な理由は無いが、スプリンターズステークスが終われば、毎年品川⇔新大阪間の新幹線回数券を購入し、秋のG1戦線へ向けての体制作りが慣習となっていた。

3回という観戦回数は、新幹線の回数券が6枚つづりであるがための3往復。従って3つのG1レースを観に行く事が定着してしまったのだ。残念ながら新幹線回数券は2021年末に廃止されてしまったが……。

毎年どのレースに行くのが多いかと言えば、京都のG1で子供の頃から大好きな3歳クラッシック最終戦の菊花賞だ。あとは、牝馬の古馬勢と3歳の新鋭が激突するエリザベス女王杯も優先順位が高い。

あと一つはその年によって異なるが、マイルチャンピオンシップになるか、12月まで待って2歳のG1レースになることもあった。

関西圏の秋のG1初戦・秋華賞は、この3回の選から漏れることが多く、特別なきっかけが無い限り訪れることはなかった。秋華賞の優先度が低い理由は2つあって、ひとつはここで秋華賞出走馬を見なくても上位着順馬が転戦してくるエリザベス女王杯で一緒に見れば良いという気持ちになること、もうひとつはマイルチャンピオンシップなら前日土曜日に京都の紅葉観光もできるという「オマケ」があることだった。

そういったところから秋華賞は、いつも府中競馬場のターフビジョンで見ているような気がする。

 

──しかし、2008年の秋華賞はちょっと違っていた。

「ユキチャンが、武豊騎乗で秋華賞に出る?」

関東オークス優勝後、ジャパンダートダービーは競走除外。立て直して8月札幌のクイーンステークスに出走したものの、やはり芝は合わないのか9着と惨敗。翌月ダートのシリウスステークス出走(8着)で、このままダート路線を進むものと思われた。

そのユキチャンが秋華賞登録。多分登録のみだろうと思っていたら、驚きの出走表明──しかも再び騎乗は武豊騎手ときたものだ。

勝負は度外視して、記念すべき白毛馬の初G1チャレンジを見たい一心で、新幹線回数券の最初の2枚を財布に忍ばせた。

秋華賞デーは、何となく淡々とレースが進む気がする。新馬戦の注目馬をパドックでチェックし、特別戦に入るとあっという間にメインレースのパドック周回が始まる。

華やかなG1レースのパドックに8番のゼッケンをつけた白毛のユキチャンは眩しい。桜花賞馬レジネッタ、オークス馬トールポピーで人気を分け合い、その両レースで2着になったエフティマイアが続く。ユキチャンは10番人気前後、このメンバーに入ってこの人気は、応援も込めて買われているような気もする。

パドックチェックも早々に本馬場での返し馬を見るためスタンドへ移動。

2008年の秋華賞出走メンバーは、今から思えば後に活躍する馬が多数出走していた。ムードインディゴ、リトルアマポーラ、メイショウベルーガなど後々の重賞勝ち馬が次々と本馬場を駆けていく。

武豊騎手を背に登場したユキチャンは、外ラチ沿いを大きな完歩でゆったりとやって来る。その瞬間、スタンドで見ている人々はユキチャンの動きに合わせて「頭の向き」を移動させ、カメラを持っている者は一斉にシャッターを押しているような、まさに釘付け状態で通り過ぎるユキチャンを追っている。

 ファンファーレが鳴り各馬のゲートイン。スタートは出遅れなく各馬の先行争いで、全馬ずらっと広がっていく。茶色のかたまりの中央に、ひと際目立つ真っ白な馬体が自分の影を追うように通り過ぎる。

 ユキチャンは好スタートから前目の馬群に入り込み、1周目のゴール板を通過。1コーナーを回るあたりで、馬群がばらけ隊列が出来ていく。先頭はエアパスカル、プロミナージュがピタッと2番手。2コーナーから向正面に入るあたりで、ユキチャンは外目5番手につける。人気のトールポピー、レジネッタ、エフティマイアは更に後方。

1000m通過が58秒6、早いペースで向正面中ほど、今度はプロミナージュが先頭に替わり集団を引っ張る。ユキチャンは4番手に進出し、4コーナーに向けて順位を上げていく。内からムードインディゴも進出、人気の各馬はその後を外側から追走して直線へ。

直線に入ってプロミナージュが快適に飛ばし、後続に3馬身のリード。

ユキチャンは追撃もここまで、好位からズルズルと後退。

替わってエフティマイア、外からトールポピー、ブラックエンブレム。しかしプロミナージュの粘りはまだまだ続き、場内がざわめく。

直線半ばで後続集団から抜け出してきたのは、岩田騎手のブラックエンブレム。連れて外からレジネッタ、更に馬群を飲み込むようにムードインディゴが大外からの強襲で先頭に迫る。

それでもブラックエンブレムが何とかムードインディゴの進出を退けてゴール板を先頭通過し優勝。

ユキチャンはゴールに飛び込む馬群からさらに遅れ、先頭から1.4秒差の17着でゴールイン。

白毛馬初のG1チャレンジは17着という結果に終わった。

それでも、戻って来るユキチャンの真っ白な馬体をみんなが迎え入れ、検量室前に向かっていく夕日を浴びたユキチャンの姿を、スタンドから見える限り見ていたように思う。

「白毛馬ユキチャン」第2章

秋華賞後のユキチャンは、ダートの交流重賞に絞って8戦を消化。4歳秋からは川崎の山崎厩舎に転厩し、クイーン賞・TCK女王盃と、交流重賞で優勝。

通算17戦5勝、交流重賞3勝の成績を挙げて、5歳春の川崎マイラーズを最後に引退した。

もしかしたら、彼女がスポットを浴びるのは、現役時よりその後だったのかも知れない。

ユキチャンの2番仔シロインジャーは白毛に生まれ、4戦未勝利で終わるも、初仔のメイケイエールが重賞6勝。孫の代でG1制覇を狙える馬が誕生している。

3番仔のロードカナロアとの牝馬ハウナニも白毛に生まれ11戦2勝。4番仔マイヨブランは新馬勝ち、6番仔の牝馬ハイアムズビーチは芝の新馬勝ち後、ダート戦に転戦して期待を抱かせる圧勝を収め、母ユキチャンの名を更に高める可能性も出てきた。

今後、ユキチャンを祖とする白毛の系譜が今後どんどん繁栄していくように思っているのは、私だけでは無いはずだ。

白毛馬初のG1レース出走の蹄跡を持つユキチャン。

この先、G1レースを制する彼女の子や孫が登場した時、原点となった秋華賞を現地で観た事は、酒の席で語れる自慢話になるかも知れない。

photo by I.natsume

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