[対談]『千直』は牝馬が強い!? 直線1000m競走の魅力を語る。──治郎丸敬之×緒方きしん

新潟競馬の名物・直線1000m競走。
コーナーのないストレートのみのコースで行われる、いわゆる「千直」だ。
長きにわたり「直線1000m戦は牝馬を狙え」と言われてきた。

実際、直線1000m重賞・アイビスSDは2001年の創設から2019年まで19年の歴史において、牝馬が12勝と明らかな優勢を保っている。
牡馬よりも良績を収めているのは、やはり「牝馬は直線競馬が得意」からなのだろうか?
牝馬が飛躍する理由の模索を軸に、「千直」競走について考えていく。

緒方:新潟の直線1000m戦を見ていると「あぁ、夏だなぁ」という気分になります。アイビスSDを中心とした「千直」は他の短距離戦とはまた違う、独特の魅力がありますよね。

治郎丸:僕は1990年代に、1年間ほどアメリカに競馬留学していたんだよね。アメリカの競馬場ってレースが終わるとすぐ場外馬券場として機能し始めて、他地域の競馬映像を流してくれるんだよ。時差の関係でまだレースをやってるアメリカ国内の競馬場だとか、香港のレースだとか。それにつられてみんな居座ってしまうわけなんだけど、その時に直線競馬の映像がよく流れていたのがすごく印象的だった。

緒方:日本ではまだ直線競馬が導入されていない時代ですね。

治郎丸:そう。あれが当時めちゃくちゃ心に刺さってね。スタートから勝負所って感じがするし、でも意外と差しや追い込みも結構決まったりするし。一時期は直線競馬ばかりやっていたくらいのハマりようだった。

緒方:じゃあ日本の直線競馬ファンとしてはかなり古株になるわけですね。

治郎丸:でも攻略法は見つからなかった(笑) ただ、それだけ思い入れがある直線競馬だから、新潟に直線コースができたときは嬉しかったなあ。ようやく日本でも見られるのか、と。

キーワードは、牝馬の馬体重にあり?

治郎丸:日本の直線競馬は勝ちパターンがあって、割とわかりやすいよね。緒方くんは印象に残っているアイビスSD勝ち馬っている?

緒方:僕はベルカントが印象的ですね。POGで指名していたこともあって、元々かなり好きな馬だったというのもあるんですけど。2歳重賞から活躍してくれていたんですが、4歳になって二桁着順が続いていて「もう厳しいかなぁ」と思った矢先に、アイビスSDで勝利。翌年には連覇を達成してくれました。やっぱり牝馬って千直得意なんだなって思いましたね。このレースでは狙った様にデムーロ騎手に乗り替わって勝利していたのも印象的です。

治郎丸:デムーロ騎手は直線競馬が得意って公言しているもんね。本人の主観も入っているだろうけど、海外で経験をつんでいることもあるだろうし、実際に得意な印象がある。あとは藤田菜七子騎手も直線競馬が得意なイメージだな。

緒方:あとは、西田騎手も得意ですね。やはり独特の戦い方があるんでしょう。「千直だとこの人」って思う騎手がいる時点で、少なくとも乗り方の上では攻略法があるという証拠になります。ジョッキーに攻略法があるのであれば、直線競馬を得意とする馬にも明確な理由があると考えたいところです。

治郎丸:アイビスSDは2019年まで19回開催されたうち、12回も牝馬が勝っているからね。特に序盤の数年は牝馬の快進撃が続いた。

緒方:2012年〜2014年の間にパドトロワ・ハクサンムーン・セイコーライコウと牡馬が3連勝してなんとか盛り返しましたけど、それまでの11回ではカルストンライトオの2勝のみでしたからね。カルストンライトオはスピードの絶対値がすごい馬でしたから、傾向を覆せるだけの実力差を持っていたんでしょう。そう考えると、牝馬のワンサイドゲームといって良い状況でした。

治郎丸:カノヤザクラの連覇なんかも印象に残っているけど、本当に牝馬が強かった。牝馬が強い理由はね、ズバリ馬体の軽さなんじゃないかなと思っている。千直競走って、なんだかんだ一瞬でトップスピードにならなきゃいけないじゃない。馬体の軽さというのは、スタートからすぐに加速できる理由になると思う。

緒方:確かに1000m戦というだけで、スタートの大切さは明白ですからね。

治郎丸:軽トラックと大型トラックでイメージしてもらえばいいと思う。大型トラックが動き始めた横をスッと軽トラが追い抜いていく感じというか。大型だとスピードに乗り切る前にやられちゃうんじゃないかな。エンジンの性能だけじゃなく、車体の軽さというのは大きいと思う。

緒方:筋肉モリモリの馬が本来の力を発揮する前にレースが決しているということですね。ただ、連覇した
ベルカント・カノヤザクラはそれぞれ490kg・506kgでアイビスSDを制覇しています。決して小柄とも言い切れないかな、と。

治郎丸:まあ、あくまで相対的な話でね(笑) 個々の話をするとそこから外れる馬は出てきちゃうよね。

実は高齢馬・セン馬も直線競馬が得意かも?

治郎丸:あとは気性的な話をすると、気を抜かずに走りきれるというのは重要。牝馬のほうがガムシャラに走るし道中はズルをしない傾向にあるから、それがこの結果に結びついているんじゃないかな。

緒方:僕も実は気性的な部分は大きいと思っています! 途中でコーナーがあって一息つける1200m戦やなんかと違って、ずっと前向きに走り続けるのが得意な馬が牝馬には多いんじゃないかなと。似た様な理由で、セン馬や高齢馬も千直は強いんじゃないかな、と。アイビスSDではセン馬の勝利はありませんが、セイコーライコウやラインミーティアが7歳で勝利をあげています。フランスの短距離G1の最高峰ともいえる千直G1「アベイ・ド・ロンシャン賞」では、それこそ牝馬とセン馬の独壇場。2010年〜2019年の10年間では牝馬が5勝・セン馬が5勝と圧倒的な成績を残しています。牡馬の勝利となると2009年まで遡ります。

治郎丸:一方的な結果だね。牡馬もちゃんと出走していてその結果なの?

緒方:2019年には4頭と少なめですが、2018年は7頭出ていますし決して出ていない訳ではないです。

治郎丸:1999年にアグネスワールドが制覇したG1だよね。そのデータは興味深いね。

緒方:ちなみに同じくアグネスワールドが制覇した直線コースのG1に、イギリスのジュライカップがありますが、そちらは距離が200mほど延びるからか牡馬が勝ちまくっています。牝馬が最後に勝利したのは2009年になりますね。だからこそ尚更「芝×直線×1000m」という条件が特別に牝馬やセン馬の気性に向いているんだろうなと考えてしまいます。

治郎丸:コーナーがないのは大きいと思う。直線競馬って馬群がバラけるじゃない。でもコーナーがあるとどうしても密集地帯ができる。

緒方:内側の方が有利だったりとか、どうしてもポジションどりが発生しますからね。

治郎丸:そうなんだよね。この馬と馬との間が空いているというのは重要だと思う。牝馬にとって大きなストレス要因がひとつ減るからね。牡馬と馬体をぶつけあいながらレースをするというのは過酷なことだから、そういうのが嫌いな牝馬にとっては直線競走は気持ちよく走れるんじゃないかな。体力面でのスタミナというよりも、精神面でのスタミナをロスしなくなると思う。小さい牝馬や繊細な牝馬にとってはかなり大きいポイントなはず。……とか言って、最近は直線競馬でも意外と密集したりするからなぁ(笑)あとは夏競馬が平坦な競馬場で開催されていることも、物理的なパワーが求められなくて牝馬にはプラスなんだと思う。

緒方:「夏は牝馬」という格言の理由はそこにあるという読みですか、なるほど。……ということは、坂のあるコースで千直をやったら、牝馬は強くないかもしれないということになりますね(笑)

治郎丸:そう(笑) 高低差10mくらいの千直競馬、やってくれないかなぁ?

緒方:やってくれたら、牝馬がアイビスSDを勝ちまくっている理由が気性面由来なのか体力面由来なのかが明らかになるかもしれません!

ラップで見るとダート短距離っぽいが……?

治郎丸:一般論としてよく目にするのは「ダート血統は千直に強い」という説。これはちょっと雑だなって思ってる。パワーがあるから勝てるとは思わないしね。

緒方:どうしてそうした仮説が囁かれるようになったのでしょうか?

治郎丸:ラップが似ているからだと思う。直線1000mはラスト1ハロンとラスト2からハロン目のタイムでギャップがすごい。ラストから2ハロン目のほうは10秒台なんだけど、ラスト1ハロンは11秒台というのがザラで。これってダート短距離のラップに似ているんだよね。

緒方:なるほど、早めにピークを持ってきてあとは粘りこみというタイプのレースなんですね。

治郎丸:そう、800m地点がピークであとは我慢比べ。アメリカのダートはまさそんな感じだし、雰囲気は似ているよね。一方で1200m戦は、結構差がないラスト1ハロン目とラスト2ハロン目のギャップがほとんどない。スプリンターズSなんか途中で坂があるのに。だからダートっぽいリズムが得意な馬がこのレースを得意としているのは本当だと思う。ダート血統のパワーを理由にしちゃうと、馬場が軽くて平坦な新潟では違うだろってなるけどね。

緒方:200mの差でかなり変わってくるものなんですね。そのあたりのリズムを掴める騎手や馬が上位進出するというのは納得です。

治郎丸:1000m戦で強くても、1200m戦になると抜かされちゃうタイプの馬がいるじゃない。1000mなら粘り込める、という馬。牡馬で勝つ馬も、典型的なそのタイプの馬が多いなと思う。道中で我慢して、最後の最後に加速してきた馬がしっかり差せるのが1200m戦なんだろうな。

直線競馬は、出走馬のその後にも注目!

治郎丸:直線1000m戦を走った馬のその後って気にならない? 結構、顕著な変わり方をすると思うんだけど。

緒方:いつもと違うレースを経験したことで馬が変わるというパターンですね?

治郎丸:そうそう。メジロパーマーが障害競走を走ったあとに馬が変わるとされていたように、直線競走を走ったあとに変化する馬がいる。スタートからゴールまで気を抜かずに頑張って一気に突っ走るってなかなか経験できるものじゃないからね。前向きさが出てくると思う。今まで後方からいってた馬が、次戦は簡単に先行できるようになったり。カノヤザクラがそうだった。

緒方:逆に言えば、次走以降を見据えて「スタートから勝負」「道中気を抜かない」「最後は我慢比べ」というレースを経験させたいがために、勝ち負けは度外視で出走させているという陣営もいそうですね。

治郎丸:負けてもいいからビッシリ走るということを教えるというのもアリだよね。CBC賞で約2年半ぶりに白星をあげたラブカンプーは、前走で千直を使っていたからこその激走だったように思う。

緒方:単勝93.1倍、馬連は万馬券。大波乱でしたよね。あの激走はハンデだけじゃ理由をつけられないと感じていました。なるほど、千直効果という線はありそうですね。

治郎丸:千直を使ったことで、前進気勢が戻ってきたよね。ラブカンプーは1200mタイプだから、あくまでも1000m戦の韋駄天Sは起爆剤として使っていたと思う。レースが終わってから気が付いた(笑)

緒方:数年先にまた同じ条件がきたら、必ず思い出してください(笑) この記事のURLを送りますよ!でも、そうした意味でも、特別なメンタル性が千直には求められるという証拠にはなりそうですね。やっぱり牝馬が強いのには気性的な理由が大きいかと思います。連覇が多いというのもその「特別なメンタル」を持つ馬が限られているからでしょう。なんにせよ、せっかくの夏の名物ですから、最大限楽しみたいですね! 名勝負を期待しています。

写真:三木俊幸、Hiroya Kaneko、Horse Memorys

あなたにおすすめの記事